2017年04月30日 00:00

【近親相姦】母親とセックスをするようになった経緯を話す(体験談)※前編

読了時間:約 12

現在進行形の話ではありませんが、一時期、俺は母親と近親相姦の関係にありました。
今もキスしたり抱き合ったりということはありますが、最後までいくことは殆どありません。
もしよかったら、どういうきっかけだったか、俺と母親の関係がどう変わったかなどという話を読んでもらえますか?

ちなみに現在、俺は30ちょうど母親は52(51かも)で、最初に関係をもったのは阪神の前回の優勝のころで、ここのスレタイにぴったり当てはまるんです。


「みたくない」など、否定的な意見が多そうだったらやめます。誰にも話したことないし
自分でも怖いので。(その反対に、誰かに聞いて欲しいというところもある)

ちょっと長くなります。

10代の時は、セックスまでさせてくれたのは3回でした。
当時の母は、
「ずるずるとそういう仲になるのだけは絶対に嫌」
「無理やりするんだったら、私はもうタツヤ(俺の名前)とは話もしない。死ぬかもしれない」
と言い、人目があるような場所や家族の前でそういうそぶりをしたり体に触ったりするのも絶対に許してくれませんでした。

後で教えてくれたところによると、やはり父に悪い、申し訳ない、姉も当時は家にいたので、ばれるのが怖いと思っていたそうです。

俺自身も同じように考えていたので、無理やり迫るということはできませんでした。
ただ、キスだけは毎日してくれたし、姉が大学に入って帰りが遅くなってからはオナニーの手伝いみたいなこともしてくれてました。

20代では、もう数え切れないです。
けど、これも1つきっかけとなる事があって、許してくれるようになったんです。
それからは、ほとんどいつでも許してくれるし、自分からも
「したくない?大丈夫?」
と言ってくれたり、ソファで恋人同士みたいにいちゃいちゃできるようになりました。

母は俺のことを普段はタツヤと呼びますが、二人だけになるとたっくんとかたっちゃんと呼んで甘えさせてくれます。逆に俺が攻めて母が甘えるようなときは、タツヤさんとかあなたと呼ぶルールがあったりします。いつのまにかできたルールです。

俺は単に母さんと呼んでます。名前で呼ぶとちょっと嫌がるんです。
理由は教えてくれず、
「母さんでいいじゃない」「ママって呼んでよ(笑」
と、すぐにはぐらかします。俺が父に似てきたからじゃないか、と思ってます。

母と俺が一線を越えたときのことを書きます。
当時の年齢は伏せさせてください。何かちょっとこう、引かれるのが怖いので。
あと「ですます」だと1レスが長くなるので、文体を変えることにします。

Hな展開を期待してる方がいたら申し訳ない。
もちろんHな事もいっぱいありましたし、それも書くつもりですが、俺は、「どうしてこうなったか」「それでどう変わったか」というのを読んで欲しいんです。もしよければ意見も聞きたい。
非難されるんじゃないかと、ちょっと怖いですけどね。

次から書きます。

ある日曜日、俺が大きくなったので一人部屋をくれるということになり1階の物置になってた部屋を整理することになった。
最初は俺が一人で荷物を出して庭のプレハブ倉庫に運んだりしていた。

だいたい終わった頃、母が日舞の練習から帰ってきて、掃除を手伝ってくれることになった。俺は一人でやると言ったが、母は
「なんでも一人で一人でって頑張らなくてもいいから」
「早く終わって一休みしたいでしょ?」
と言ってくれ、俺は「じゃあ頼むわ」と言って二人で部屋を掃除した。

ちょっと話が飛ぶが、俺は幼稚園に入る頃から母に甘えた記憶が少ない。
というのも姉が甘えん坊な人間で、俺の目の前で母に甘えてたりすると姉とよく喧嘩していた俺はその反動で逆の行動を取っていた覚えがる。

姉を「甘えっ子!」と馬鹿にすると
「私があんたがくらいの時に、あんたが生まれてお母さんを独り占めにしたからおあいこ!」
とか言っていた。

母が「たっちゃんは偉いね。一人で何でもできるね」と褒めてくれるのが嬉しかったが、もう小学2,3年生の姉が「おっぱーい!」とか言いながら母に甘えて胸に触ったりしてるのを、本音では羨ましく悔しく感じていた。

反抗期といわれる歳になると、母に甘えたいという気持ちと、周りから子ども扱いされたくないという気持ちの板ばさみになって、優しく接してくれる母に対して「うっとうしい!」「話しかけるなよ!」ときついことばかり言って、後になって罪悪感でため息をつくような日々だった。

初夏で母も俺も薄着だった。その部屋は物置だっただけにエアコンなどもなく、窓を開けていても掃除が終わるころには二人とも汗だくになっていた。

母が持ってきた麦茶を飲み、一息つく。そこで久しぶりにゆっくり母と会話した。この部屋は物置だったけど、お爺さんが生きてる頃は夫婦の寝室だった事、風通しがいいから夏でも気持ち良く寝られるはずだとかたわいないことを話していた。

俺は「ふーん」くらいしか返事をしなかったが、母はウチワで俺に風を送りながら、何か嬉しそうに話していたと思う。

母にちょっと目をやると、汗をかいてTシャツが胸にべっとりと張り付いていた。
日舞の練習のままの結い上げた髪型だから、うなじもすっかり見えて首筋の汗にドキドキとしてしまった。

母は相変わらずウチワを仰ぎながら「最近、学校はどう?」「勉強はどう?」とか、普段できなかった普通の会話をしてくるが、俺は母の胸や首筋を盗み見ては目をそらす、という感じでまったく会話になってなかったと思う。

俺は、汗かいたからシャワー浴びてくると言って部屋を出て、20分くらいしてから部屋に戻った。
外はもう薄暗く風も多少涼しくなっていた。部屋には俺の布団が運び込まれていた。

よく見ると、たたんだ布団にもたれかかるように、母が座っている。
「どうしたの?」と近づくと、母は小さな寝息をたてて眠っていた。
汗ばんだTシャツの下にはブラの模様が見えており、袖がまくれあがった二の腕や腋のあたりからは、ちょっとすっぱいような汗の匂いを感じた。

俺は凄く興奮し、目は母の胸に釘付けになった。
母は横を向くように布団にもたれかかっていたので、俺は母の背中の方へ近づき肩越しにTシャツの隙間から母の胸の谷間を覗き込んだ。

「こんなに大きかったのか!」というのが第一印象だった。そして母の胸の事をずっと考えないようにしていたことを思い出した。
俺は夢中で母の胸を眺め、どうしても触りたい!と思い始めた。

もう俺は自慰も覚え、経験はもちろんないし詳しくも知らなかったが男女のセックスというものへの憧れも持っていた。性欲というのは当然あった。
が、母をそういう目で見たことはなく、これが初めてだった。

今日も掃除を手伝ってくれた母、自分も汗をかいてるのにウチワで俺をあおいでくれる母日舞をやってるせいかとても姿勢がよく、凄く美人というわけではないが物静かで愛嬌があって笑顔の優しい母。

そういう母をHな目で見るというのは凄く非日常的で俺は変態だったのかとか、気づかれたら絶対に嫌われるとか、色んな事が一瞬のうちに頭に浮かんだ。けどそれでも母の胸に触りたいという気持ちは全然変わらず、俺は母の後ろから左の胸に手を伸ばして、母の胸に触れた。

俺は手のひら全体を母の胸に被せるようにして、ゆっくりと感触を味わった。
「もし母さんが起きたら、俺の人生は全部終わる!」と、そんな思いから強く揉んだりすることはできなかった。

乳房全体の重みを味わったり、全体的に軽く摩って乳首を捜そうとしたりした。
しかしTシャツの上からでは限界がある。俺は「母を裸にしたい!」
「胸に顔を埋めて乳首に吸い付きたい!」と強く思った。
そう考えるとまたすごく興奮した。

けど、どうしてもできなかった。母は絶対目を覚ますし、そうしたら絶対に嫌われる。
俺は自分がこんなに母を大事に思っていたことにびっくりした。
普段、あんなに反発しているくせに、俺はじつは母に甘えたくて、母に触りたくて仕方が無かったんだということを痛感した。

俺は母の服を脱がす代わりに両方の胸を同時に触りたい!と思った。
今考えると「代わりに」でも何でもないのだが、母を裸にしないでもとにかくもっと母に近づきたかった。

布団と母の間に手を入れて、両腕で母を後ろから抱きしめるようにして両方の胸に触った。軽く、できるだけ優しくと思いながら触った。
心臓はバクバクいっていたが、できるだけ息を殺していた。

股間も大きくなっていたが、できるだけ母の体から離していた。
俺のあそこを母に近づける、それはしてはいけないと思った。

そのうち、俺は母を後ろから抱きしめ、その胸を触りながら涙が出ていることに気づいた。嬉しかったからか、自分が悪いことをしてると思ったからか、それは今でも分からない。

どのくらいそうしていたか覚えてないが、多分風呂を出てから5分くらいの時間だったんだと思う。
ガチャッと玄関のドアが開く音がした。心臓が止まるくらい驚いた俺が母から離れよう!と思うより先に、
「タツヤ…もうやめて…」
と母がゆっくり起き上がった。

そして俺の顔を見た。恥ずかしそうで辛そうな複雑な表情だった。
俺は玄関の音がした時よりも驚いたが、母も目を赤くして泣いている俺の顔を見て驚いたようだった。

その後、母は姉とリビングへと歩いていった。
俺は部屋で一人で、もう終わった。死のう死のう。とずっと考えていた。

俺は部屋でずっと布団にしがみついて悩んでいた。
実の母親にHな事をした自分への嫌悪感と、大人っぽく見られたいとか思いつつじつは甘えたがってたという事への恥ずかしさで、もう誰にも会いたくないし喋りたくない、死にたい死にたいスイッチ1つで今死ねたら、とか思ってた。

台所から姉の「タツー、ご飯だよー。…ご飯だってばよー!」と無遠慮な声が聞こえてきてた。
まだ姉とは顔をあわすくらいは大丈夫かもしれないが母とはもう絶対に駄目だ。そう考えるとまた死にたくなってきた。

けど布団には母の匂いが残っており、それに気づいた俺はまた勃起してしまった。
こんな気持ちなのに勃起するなんて、俺はもうどうしようもない変態だ。
なんでこんな事になったんだろう!昨日までは何も無かったのに!と、また涙が出てきた。俺はそのまま眠ってしまった。

結局俺は自殺も家出もせず、次の朝早くに目覚めた。
また自己嫌悪で胸が苦しかったが、とにかく母に謝ろうと思った。
謝ってなんとか元の関係に戻りたいと思った。

母は、父と姉の弁当を作るために早起きするのでそれなら1時間くらいは二人だけになる時間があるはず。
台所へ行くと、昨晩の俺の分の食事が置いてある。
それを見ると急に腹が減ってきて、自分でも笑ってしまった。

こんな気分なのに勃起はするわ腹は減るわ、しょうがねぇなあとか思いながら、とにかく飯を食い始めた。
しばらくすると、廊下から足音が聞こえて、母が台所へ入ってきた。

「あらタツヤ!…おはよう」
俺は飯を口に入れたまま、とりあえず挨拶を返した。

怒られるとか嫌味を言われると予測していたのに、母はすぐにエプロンを付けて弁当作りを始めた。俺は拍子抜けしてしまい、しばらく母の後姿を見ていた。
それからやっと「昨日は、ごめん」と恐る恐る謝った。

すると母はプッと吹き出し、笑い始めた。
「お母さん怒ってないわよ。タツヤ怒られると思ってたの?」
母は笑顔で俺の方を向くと、ぽかんとしてる俺を見て、また笑った。

「どうして?どうして怒ってると思った?」
「いや…変な事したから」
本当はHな事だと思っていたが、それは言えなかった。

「母さんはどうして怒ってないの?」俺は逆に聞き返した。
「だって、たっくんにおっぱい触れても怒る理由がないし」
母はまた料理へと戻りながら
「寝てるところをっていうのはズルイかもねぇ」
と言った。
俺がもう一度「ごめん」と謝ると、母はまた笑った。
馬鹿にした笑いではなく、楽しそうな声だったのが俺は嬉しかった。

それから母と色々話した。母に言わせれば、俺が甘えたがってるというのは昔からわかっていたそうだ。
「お姉ちゃんがあぁだったからね、たっくんが我慢してるなぁって」
「それにねぇ、たっくんは乳離れが遅かったから」
母方の祖母が「乳離れの遅い男の子は厳しく育てろ」と教えてくれたのだそうだ。

俺はなんだか祖母が恨めしくなったが、さすがに言わなかった。
「まだ甘え足りないんじゃないかしら、とは思ってたのよ」
だから怒ってないし、と言う。俺は本当に救われた気持ちになった。

さらに母は、甘えたいときは堂々と甘えること、と言う。
俺は思わず「それができないから…」
と言ったが、母はまた笑い始めた。その笑顔が、俺には本当に美しく見えた。

その後、着替えて風呂に入り、ちょっと早いが学校へ向かった。
歩きながら考えたが、結局わかったのは俺はやっぱりガキで母は大人だということだ。
そして大事なことを思い出した。
俺は自分にHな目的があったことを母に言ってない。母も気づいていない。
俺はまたモヤモヤした気分になった。

あれからほぼ毎日、早朝に台所で母と会話を楽しむのが俺の日課になった。
母は、この何日かで今までの何年か分くらい話をしたかも、と嬉しそうに言っていた。
二人だけの時、母は時々俺をたっくんと呼ぶ。俺は「たっくんは止めてよ」と笑いながら言える位、母と素直に話せる様になっていた。

しかし、堂々と甘えるのがなかなか出来なかった。当時の俺の身長は母より5cm位は低かったが、幼児に比べたらかなりの高さだ。
それが幼児みたいに母親に甘えるなんて、俺には恥ずかし過ぎた。
大体甘えるといっても「何をしたら甘えることになるんだろう?」と、変な事で悩んでいた。

夏休み前の日曜日、午前遅くに起きた俺は、家の中がやけに静かな事に気づいた。
父は朝から釣り、姉は部活の県大会予選に行く事は知っていたが、母もいないようだ。

俺は家族全員から仲間外れにされた気がして、ちょっと寂しくなったがもしかしたら母は寝てるのかもと思い、2階の両親の寝室へと行ってみた。

ノックすると「…誰?タツヤ?どうしたの?」と母の眠そうな声が聞こえた。
俺は母がいてくれた事にホっとしていた。ドアを開けると、クーラーが利きすぎて寒いくらいだ。

もう夏だというのに、母は布団と毛布にくるまって寝ていた。
4時頃、父に「免許証が無い」と起こされ、6時起きで姉の弁当を作ったという。

それで眠たくて二度寝したのに、あまりに暑いのでクーラーを最強にして布団を被って寝たらしい。
「タツヤは…今、起きたの…?」
「ごめんね、お母さんまだ眠いから…お昼ね、外で食べて」

会話は終わったのに俺はまだ寝室から出なかった。
「…なに?」と、母は目を閉じたまま、少し機嫌の悪い表情で言う。

俺は意を決して尋ねた。「一緒に寝ても、いい?」
母はちょっと驚いたのか俺を見つめた。俺は緊張し、頭の中では言い訳まで考えていたが、母は微笑みながら布団を持ち上げ、俺を中へ迎え入れてくれた。

俺は、やっと自分から甘えられたのが照れくさくもあり、嬉しくもあった。
布団に入って目を閉じると、あの時と同じ母の匂いを感じた。

そのままウトウトとしていたが、「タツヤ?」と母に呼ばれて目を覚ました。
エアコンはもう止められており、母は布団から体を起こしていた。
「おなか減ってない?何か作ったげるけど」と母。

俺は「う~ん、ちょっとだけ…減ってる…」と答えてまた目を閉じ母の方へと擦り寄った。
小さい頃、まだ母と一緒に寝ていた頃に戻ったような気がしていた。
母は「まだ甘えたいの?」と嬉しそうに言う。「うん」と俺。
さらに「何がしたいの?」と聞かれた俺は、ちょっと照れ笑いしながら
「おっぱい」と答えた。
すぐに俺は笑い出してしまい、それにつられて母も笑った。

二人ともひとしきり笑い転げた後、俺が目を開けて体を起こすと、母が言った。
「たっくんは後ろから触りたいの?」俺は驚いた。
「え、いいの?!」
「いいわよ。堂々と甘えてきたから。…今日はお母さんじゃなくてたっくんが寝てたけど」
と、また笑う。

俺は苦笑いするしかなかった。母は「どうするの?」と微笑んでいる。
こんな風に見つめられながらというのは恥ずかしすぎた。俺は後ろからで、と頼んだ。

母は俺に背を向けて座りクスクス笑っているが、俺はあの時と同じくらい緊張していた。
「どうしたの?おっぱい、いらないの?」と母に言われ、俺は母を背中から抱きしめて胸に触れた。
パジャマの上から、ブラの感触がはっきりとわかった。

最初はあの時と同じ様にタッチするという感じだったが、俺は深呼吸をすると手のひら全体で母の胸を揉んだ。

母は「あははっ」とくすぐったそうに笑ったり「たっくん嬉しい?」と俺に尋ねたりしていたが、俺は興奮していた。背中からで良かった、と本気で思った。

そして俺はまた乳首を捜したくなった。あの時とは違い母の公認も得ている今の俺はかなり大胆になって、指先で母の胸を押したり摩ったりしていた。

すると、下着の上からとはいえ全体的に柔らかい母の胸の一部に、ちょっと感触の違う部分をみつけた。俺は胸全体を揉むのをやめ、その部分だけを指先で弄った。

少しして、母の様子が変化したのに気づいた。さっきまでクスクス笑ったりしていたのに、今は殆ど無言だ。俺は母の胸を揉むのを止め、
「母さん、寝てるの?」と尋ねた。

母は「え?!」と驚いた後、「大丈夫よ、ちょっとウトウトしてたの」と慌てて言う。
母は立ち上がりながら「もうご飯にしましょ」と言うと、俺をちらっと見た。

その目は俺の顔ではなく、もっと下の方を見ていたと思う。
「…タツヤもほら、着替えてご飯食べなさい」母はそう言うと、俺を部屋から追い出した。

俺は自室で着替えながら、母がちらっと見たのは俺の股間だったんじゃないか、と考えた。
俺が興奮していた事に母は気づいたかもと思うと、少し不安になった。

それから俺と母の間には、何か緊張感のようなものが存在するようになった。
二人きりになると母は少しよそよそしく、前みたいに俺を「たっくん」と呼ぶ事も少なくなった。
俺は、やはり母に気づかれたのだ、と思った。

しかし母は俺にそんな事は言わなかった。その代わり、俺が甘えたくなるような雰囲気を作らないようにという事なのか、少し厳しく話すようになった。

俺は俺で「母に甘えたい」という気持ちで母に接することが少なくなった。
さらに母を嫌らしい目で見ている事を母を含む家族に気づかれるのが怖くて、同じ部屋に居てもあまり見ないようにした。

その代わり、夜、自慰の際には必ず母を思い浮かべるようになった。
当時の俺の性知識は乏しく「セックス=男女が裸で抱き合う」程度だったので俺の妄想はいつも、裸の母に抱きしめられたまま胸に触ったりキスをしたりというものだった。その程度で興奮していた。

自慰の後は必ず罪悪感と空しさを感じ、心の中で母に謝る。しかし母への思いは変わらない。俺は母を忘れたほうがいいのか、それとも…と悩んでいた。

つづく
【近親相姦】母親とセックスをするようになった経緯を話す(体験談)※中編
2017/4/30 3:00 公開予定

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