2017年05月01日 18:00

【萌えバナ】一緒に風呂入って一緒に寝てた幼馴染が…(体験談)

読了時間:約 8

保育園の年長の頃、団地住まいだった。
となりの部屋に俺より1つ下の女の子が引っ越してきて名前はチトセという
引越し挨拶のときは恥ずかしがってお母さんの後ろで顔だけ半分だけだして
「よろちくおねがいします」って感じだった。


俺も恥ずかしがってその時はぶっきらぼうに挨拶したと思う。
で、話をしてるうちにチトセのお母さんがシングルマザーで弁護士をしてるが職場が遠くて夜遅くまで帰って来れないという話になって、元々結婚するまで学校の先生をしていた母が親切で夜はうちで預かることになった。

弁護士ならお金もあるし保育所とかベビーシッターとか選択肢はあるにはあったけど、当時そういうところは順番待ちで俺の通ってた保育園がやっと入れた位で仕事場から近くかつ入居出来る場所を探すのが難しかったというのを大人になって聞いた。

という事で朝の通園はお母さんと、帰りの通園は俺と俺の母がチトセの面倒を見ることになった。
うちの母は、俺を生んだあとに病気をして子供が望めない体になってたらしくて女の子が欲しかった母はそりゃもうチトセを可愛がってた。

だから、チトセはスグに俺たちに馴染んだと思う。
夜遅くなってもお母さんが恋しいって泣いたことはなかった。
多分苦労してる自分の母親に気を使ってたんだと思う。

一緒に飯を食って風呂に入って寝るときも一緒。
最初は自分の小さい布団を持ち込んでたんだけど
「お兄ちゃんの布団はいっていい?」
と聞かれたので恥ずかしかったけど「いいよ」っていって一緒に寝た。
異性として意識はしなかった俺も子供だったし本当に妹ができたみたいで可愛かった。

そうするうちに弁護士のお母さんも朝やチトセのお母さんが帰りの早い時はうちでみんなでご飯を食べるようになった。
この頃のうちの食卓は俺と親父の男二人と女3人でとても賑やかだった。

チトセは俺の家にいるときはとっても楽しそうに馴染んでるけどお母さんがいるときはやっぱりお母さんと一緒が一番みたいだった。
そういう時は一人で寝なくちゃいけなくて俺は中々寝付けなくなってた、今思うと隣にチトセがいなくて寂しかったのかな。

俺が小学校にあがってチトセも1年遅れて小学生になっても一緒に風呂に入って隣同士布団を敷いて寝てた。
流石に一緒の布団はちょっと恥ずかしくなってたけど、それでも時々は一緒の布団でねてた。

クラスの奴らとかあんまり親しくない奴らには俺たちは従兄妹だと思われてた。
1年生の最初の頃は登下校も一緒で帰るときはいつも校門のところでチトセが待ってた。
そのうち、友達ができて先に帰ってることもあったけど大体は一緒に帰ってた。

この頃かなチトセが女の子として可愛く思えてたのは。
まだ妹って感じが強くて自覚はなかったけど時々誰も見てないところでぎゅーっと抱きしめたい衝動にかられて
実際遊びとか戯れる感じでぎゅーっとしてた。

チトセもなんかそうされるのが好きみたいで、ふたりっきりとか一緒に寝てる時に「お兄ちゃんぎゅーってして」っていうようになった。

俺は遊びのふりをしてたから「ギューギュー怪獣だ」とか言ってたから最初の頃は「ギューギュー怪獣して」って言われる事が多かったかな。

一度母親とかがいる前で言われて「なにそれ?」って母親が言うから焦った俺は「ギューギュー」って鳴いてみせて怪獣のジェスチャーをしてごまかした。

そしたらチトセが「いつものやつと違う」とご不満で母が「いつもはどうなの?」とチトセに聞くからチトセの口を手で塞いでシーっと秘密にするように必死でいったら、チトセもこれは秘密なんだとわかったみたいで「秘密だよ」って言ってくれてなんとか助かった。
でもバレてたかもしれない。

お風呂とかもチトセは俺の前で平気ではだかになる。
保育園の時は俺がトイレに連れて行ってあげたりもしてたからチトセが小さい頃はおしっこするところや俺がおしっこするところも見せ合ってる。

だから、異性のお股にはあまり興味がなかった。
男子が女の子のスカートをめくってるのをみてもなんでそんな事するのか分からなかった。

当時俺は気になる女の子がクラスにいたけど気持ちは伝えられなかった。シャイだったし、恋愛感情とかもよくわかってなかったから。

風呂に入るときは俺がチトセの髪を洗ってあげて背中を流しあってからあったまって出る、お母さんと一緒のときも髪をお母さんに洗ってもらうから。
だからずいぶん後になるまで、チトセは自分で髪を洗う事を覚えなかった。

毎日長々とお風呂で遊んでるので「いい加減出なさい」ってよく母に怒られた。
俺たちの後はお湯が半分になってるかららしい。

チトセは俺のことが大好きでいつもベッタリだったけど俺も全然嫌じゃなかった、チトセは当時からすごく可愛くて
よく大人に美人になるねって言われてた。
じっさいチトセのママはすごいメガネ美人だった。
そう言う子が慕ってくれるのは照れくさかったけど内心自慢だった。

何より美人のチトセのお母さんに「チトセをお願いしますね」って言われたらそりゃ張り切るでしょ。
当時あこがれの女性はチトセママだった。
チトセのお母さんが自分のお母さんだったら良いなとよく妄想してた、そしたらチトセとも本当の兄妹になるし毎日一緒にいても変じゃないからね。
そういう話をチトセにしたらチトセも嬉しそうだった。

でも、俺が5年生チトセが4年生位になってくるとやっぱり変わってくる、チトセは昔のように一人でトイレにいけない女の子じゃなくなっていくし俺も異性のお股に興味がない男の子じゃなくなる。
何より俺の股間には毛も生えて、お館様もひと皮剥けてくる。
そうなるとやっぱりなんでも一緒ってわけにはいかない。

一緒に帰るのも恥ずかしいし、チトセにだって俺にだって友達との約束がある。
この頃から徐々に俺の中で開いていくチトセとの距離感みたいなのを感じるようになった。
それでもまた昔のように無邪気に接してくるチトセに戸惑いつつも一緒にお風呂に入って隣同士布団を敷いて寝てたりしてた。

風呂のときは腰にタオルを巻いて隠してた。
チトセがふざけてはぎ取ろうとするので「ダメ!」ってちょっと強く言ったら素直なチトセはその後はしなくなった。
チトセのいいところというか今思うと哀しいところだけど、すごく聞き分けが良くて我慢強い子だった。
ダメだって言われると素直に従うし不平不満を言ってる所をずいぶんあとになるまで見たことがなかった。

お風呂でチトセが戯れて抱きついてくるとお館様が反応しそうになることが増えてきて、俺が6年生チトセが5年生の時に別々にお風呂に入ることにした。

チトセもその頃には俺の心境や体の変化を何となく感じてたんだと思う。
「明日からチトセも5年生で上級生だから別々にお風呂に入ろうな」と俺が言うと素直に一言「うん」と言った。
凄くさみしそうで俺も心が傷んだけど、妹と風呂に入ってる奴がクラスでからかわれてるの見たりして恥ずかしさとか妙な罪悪感みたいなものには勝てなかった。

まあ、それでも隣同士布団に入って長々お喋りは続いて俺とチトセには一番楽しい時間だった。
チトセは寝る前に本を読んでほしがるからハリーポッターを読んであけてた。
俺の下手くそな朗読でも目を輝かせて聞いてくれてた。
そのせいで俺はメガネが必要なくらい視力が落ちちゃったけどね

チトセの友達にはすっかり俺はチトセのお兄ちゃんだと認識されてた。
まあ、遊びにくる子達を俺の家で出迎えてたから当然だな。

ランドセルも着てる服も大半が俺の家の俺の部屋にあったからこの頃は日曜日とかすごいたくさんの5年生の女の子に囲まれて人生ゲームとかした覚えがある。
それで、その中の一人の女の子がやたら俺に懐いちゃってチトセが初めてヤキモチを焼いた。

友達が帰ったあともなんか機嫌が悪くて怒ってた。
「どうしたの?」と聞いても「なんでもないよ」
って言うけど明らかに怒ってる。

チトセが誰かに対して怒ったり機嫌を悪くするなんてこと今まで一度もなくて、それが俺に対してだと思うとすごい焦った。
焦りすぎてオロオロしたおれは「ごめんね」となんで謝るかも解らなくて謝ってた。

まあ、しばらくご機嫌を伺うようにしながら接してたら許してくれたけど今思うとその後チトセが家に友達を中々連れてこなくなって、外で遊ぶことが増えたと思う。

そう、その翌年に初めてバレンタインデーにチトセからチョコをもらった。すごい気合入ってたのを。
クラスの子からも小さい奴を沢山もらったけどチトセのは本当に大きかった。
結局大きすぎてチトセとふたりで半分こして食べた。

俺が食べてたら、チトセがすごい羨ましそうにするからおかしかった。
チトセはチョコ大好きだったしね。
自分の分も買えばいいのに、お母さんからもらったおこずかい、後から聞いた話、全部俺のチョコにつかっちゃって自分のが買えなかったらしい。

俺が中学生になってチトセは6年生、俺たちにとって忘れられない事が起こった。
長年団地住まいだった俺たち家族に念願のマイホームへの引越がきまった。
俺も凄く嬉しかった。

凄く広い家だし、庭もあって二階建てでベランダがある自分の部屋があるんだもん。
最高だった。
でも、その喜びに一つとても濃い影を落としたのがチトセの存在だった。

この頃になればチトセはなんでも大抵一人で出来るくらいしっかりしていたし、お母さんもやり手の弁護士として出世していて自分の事務所を持っていた。

それでも団地を引越ししなかったのはうちの家族とチトセの事を考えてだった。
それは俺の家の方も同じで、今までずっと計画を先伸ばしにしてきたのはチトセの存在がなかったわけではないだろう。

引越しするって言った日のチトセは見ちゃいられないくらい悲しそうで俺も凄く悲しかった。
引越し先は隣町、別に距離にしたら全然大したことがない。
でも、当時の俺たちには校区が変わるというのは海外留学にも等しかった。
俺は一度は本気で俺だけ引越ししないでチトセの家で暮らそうかみたいなことまで考えた。

でもそんな事が受け入れられるわけもなく、俺は引っ越して、中学入学と同時にチトセとは離れ離れになった。
年齢校区生活環境の変化。色んなものがお互いを隔てて、俺たちはすっかり他人になったようだった。
休みの日には会いに行ったりしていたけどそれも最初のうちだけ。

小学生の女の子と中学生の男子、日ごろ会わない従兄妹が話が合わずに気まずいのと同じ。
昔のように楽しくないというか盛り上がりきらない。
その微妙な空気がだんだんとおたがいの距離を引き離していく。
大好きなのに空気が気まずくなるのが嫌で段々と会うのが怖くなっていく。
その内本当に嫌いになりそう、なられそうでこわかったのだ。

チトセはそれでも俺と居るのが嬉しかったそうだが当時の俺はなんか一人で気をもんでいた。
今思うと、それまでずっと俺主導で俺がなんでも兄貴のように仕切っていたのに急に手綱が握れていない感じになって不安だったのだ。
昔のようになんでも出来る兄貴ができなくなってむしろたまに会うチトセの方がなんだか大人っぽくなってて気後れしていく自分が情けなかった。

そして結局疎遠になった
地域だけは同じなので本当にたまに会う位で、運動会の日取りまで同じなので行事ごとにお互いが顔を出すこともできない。
そして、俺が中学2年チトセが中学1年になる前、チトセがある私立の有名な女子中学を受験することになった事を母つてに聞いた。

校区が違うからどのみち同じ中学には入れないから仕方ないが、今度はお母さんの職場に近い県の中心部の学校に通うためにあの団地から引っ越すらしい、ますます物理的な距離が開いていく。

それは仕方ないことだった、元々あの団地を選んだことが緊急避難的な処置で、チトセは勉強もできたし、チトセのお母さんは頭のいい高収入な職業の人だったからチトセにも同じようにいい教育をさせたかったのだろう。

引越しの手伝いを俺の家族がして最後にお別れ会をした。

「高校になったら、お兄ちゃんと同じ学校に通えたらいいな」とチトセが言うから
「チトセみたいに頭よくないから無理だよ」と言った。
それを聞いてさみしそうにするチトセをみて自分が情けなかった。

つづく
続・【萌えバナ】一緒に風呂入って一緒に寝てた幼馴染が…(体験談)
2017/5/1 21:00 公開予定

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