叔母の純子さんは51歳、黒木瞳さんに似た小柄な綺麗で可愛い女性です。
自分でも髪型などを意識しています。

叔母は、僕が大学の4年間を過ごしたこの県の県庁所在地に住んでいて、僕の初体験の相手です。
当時、僕は19歳、叔母は39歳でした。
僕は叔父や従妹の目を盗んで、美人叔母と交合するのに夢中でした。
姉妹なのに、叔母より6歳年上だからなのか母は可愛いとは思えませんでした。
母は叔母よりも背が高いからかもしれません。

僕が叔母と関係するようになって1年くらいすると、僕は叔母の好きな動きをマスターさせられたセックスマシーンにされていました。
そして2年目には、叔母の性癖を満足させるための訓練が始まりました。

叔母にはマゾ性癖がありました。
僕は時折SMホテルに連れて行かれて、拘束した叔母の陰部を徹底的に責めるよう促されました。

バイブ、電マ、ローターで叔母を狂わせるのですが、大好きな叔母が苦しんでいるように見えて、どうしても手を抜いてしまいがちでした。

叔母が苦しんでいるのではなく強烈に感じているんだと理解して、叔母をエンドレスアクメに興じさせる事が出来るまで1年かかりました。


僕が大学3年になると、叔父が単身赴任するようになりました。
こうなると、あとは従妹の目をごまかすだけです。

叔母が叔父に抱かれるのは帰ってくる月に2回程度です。
肌に痕が残るので使えなかった縄やロープも使って叔母を縛りました。

和風の連れ込み宿みたいなラブホで、叔母に浴衣を着せてM字開脚で縄をかけました。
凄く色っぽくなった義母の乳首と淫核にローターを貼り付け、スイッチを入れました。

身悶えする叔母を放置し、ゆっくりとカバンからビデオカメラを取り出すと、叔母は血相を変えて、

「渉ちゃん、何するの…ア…アア…と、撮るのはだめでしょ…ア、アン、」

と言いましたが、無視して三脚に乗せました。
バイブを取り出して叔母の淫膣に突っ込みかき回しました。

「アアー、アアアー、アアーーーーーアアーーーーーアアーーーアーーーアーーー」

自由が利かない体と制御できない快感に、ついには恥潮を噴き上げて無限逝き地獄に堕ちていきました。
僕は、その様子をデジカメにも撮りました。

縄を解いてグニャグニャの叔母を犯します。
甥っ子の硬い陰茎が叔母の淫膣を削ります。

「渉ちゃん、おばちゃんをもっとかき回して、渉ちゃんの精子、おばちゃんにかけて…」

叔母との交わりが、禁忌の快感を増長しました。遺伝的に近い精液を、綺麗な叔母の顔にタップリかけました。


大学3,4年の2年間に撮影したビデオは、僕の姿は入らないように編集して、綺麗な叔母が、だらしなく快楽に漂うビデオを作りました。
デジカメも厳選して、美しい叔母の痴態を保存しました。


僕は大学を卒業して実家に戻りました。
叔母との距離は約80km、叔母が降りる新幹線の駅まで在来線でも車でも30分です。
年4回、季節毎に密会しています。

僕がお嫁さんをもらった3年前、一度会うのを止めましたが、子供が産まれる2ヶ月前の昨年のお盆、叔母と会ったら我慢できなくて交合してしまいました。

それ以来また、年4回の密会が復活してしまいました。

31歳の甥と51歳の叔母は、縛ったり責めたりはもうしませんが、会えば激しく求め合います。